「私、すぐ帰ってきます!」【2005年留学記】

はじまりはドタバタしたものの、会話班での2週間、毎日の授業が楽しくて仕方がなかった。
クラスは全員日本人、年齢層は高めだけど皆さんとても熱心。
先生がたはユーモラスで、指導はとても丁寧。
おかげで、短期間だったけどずいぶん発音が矯正されたような気がする。

ここで出会えた日本人や、大連交通大学の先生、事務の方、みなさんとても親切で
なにより大連の街が日本人にとてもやさしくて・・・・。

帰国が近づくにつれて ここに住みたい。長期留学したい。
と思うように・・・・。

中国留学に憧れて、悩んで、自分の年齢や仕事を考えるとなかなか決断できなかったのに
いざ大連にきてみたら、あっさりと結論がでた。

帰国日。お別れの言葉は 「私、すぐ帰ってきます」 

その言葉どおり、半月後、ふたたび大連の地に戻ってきたのだった。。。

                                  このつづきはまた気が向いたときに。。。  


初授業。「教室に誰もいません〜〜。」【2005年留学記】

今日から会話班での勉強がスタート。
昨日もらったテキストを持って指定された教室でどきどきしながら待つ・・・・が誰もこない!!!
他のクラスは始まっているのにナゼ?

事務室に確認に行くと、今日は授業の変更があったのようで、会話班は休講。
仕方がないので、この時間だけ初級1班に行くことになった。

(学校には初級1〜4班、中級1〜3班、会話班のクラスがあり、すでに新学期がスタートして一ヶ月が経った頃だった。)

なんで初日そうそうこれ?しかも遅刻だし! 冷や汗だらだら。
初級用の借りたテキストを持って教室前で立ち往生している私に、通りかかった日本人が
声をかけてくれた。
「だいじょうぶよ、そっと入って後ろに座れば。声もかけられないし、あてられないから。」

そろそろと教室の扉をあける・・・と、若い女性の先生が思いっきり
「いらっしゃい!」
声かけられたじゃないですかーーー(涙)
よく覚えてないけど、しどろもどろで「見学です」みたいなことを話した記憶が。


そのときの授業は、初級の口語(会話)だったのでテキストを見れば内容は分かったけど
なにしろ先生の説明がぜんぜんわからない!
中国語を中国語で説明。中国だもん、あたりまえか。

それにしても、周りの学生、中国語勉強して一ヶ月でこの上手さ?
半年間の講習会通いなんて、現地の一ヶ月には遠く及ばないんだ・・・。

とんでもない初授業だったけどクラスの日本人がフォローしてくれたおかげで、なんとか乗り切れた。

そして、このときの出会いが大連長期留学の誘惑へと私を導くことになるのであった!?


とっても寂しい大連初日【2005年留学記】

2005年10月、愛知からの引越し荷物が金沢に到着するまえに大連に着てしまった。
こう!と決めたら行動は早いのだ。 ↑早すぎ?
留学先に大連を選んだ理由は
ラーメン屋の店主から「留学するなら北の地方が、訛りがなくていいよ。」と言われていたのと、
その後知り合った留学生が大連人だったから。
彼女の出身校である、大連外国語学院に行くつもりだったが、おりしも10月の国慶節と重なり
授業が1週間ないと言われたため、大連交通大学に変更。

飛行場に迎えに来てくれた事務員さん、私一人を乗せて学校へと向かう。
この時期に留学に来る人はめずらしいのかもしれない。

学校へ到着すると日本語の上手な先生が迎えてくれ、手続きを済ませると
寮へ案内してくれた。

ベット、テレビ、机、洋服ダンスが揃った一人部屋。
HPで見た写真があまりにもキレイに撮れていたので、若干驚くも・・・(笑)
キッチン付きで自炊もできることだし、よしとしよう。

授業は明日からなので、夕食を食べに一人で食堂へ向かった。

メニューはもちろん中国語。・・・さっぱりわからない。
麺がないかウェートレスに勇気を振り絞って聞いてみたが通じず(涙)
とりあえず炒飯という文字を見つけてこれを頼む。

まつこと5分。
出てきたのはご飯茶碗一杯の卵ご飯だった(ただの炒り卵混ぜご飯だし・・・)

追加注文する勇気もなく、もくもくと食べて退散。

とっても寂しい(ひもじい?)大連初日だった。
これから2週間、いったいどうなることやら・・・。

2005年短期留学<きっかけ編>

そろそろ大連にくることになったいきさつなど、書いてみましょうか。

中国語との出会いはテレビ!「中国語会話」
人間が単純に出来ているのか、すぐに影響を受けるんですね〜。
手話のきっかけも「愛していると言ってくれ」(トヨエツ主演)古すぎてご存じない?
ドラマから入って手話サークル参加、8年くらいは勉強しましたかね。

手話も一種の語学なので、毎日ろうあ者と接しているとどんどん伸びるんですよ。
その経験があったので、中国語も勉強するなら中国人と接することが一番だな、と思っていました。

ちょうどその年、比較的余裕のある仕事についていたので、週に2度、自治体主催の中国語教室に参加。出勤時間を利用してラジオ中国語を聞き・・・こうなると、実践したい!(手話のときと同じ)
そこで・・・
ラーメン屋の店主に頼み込んで中国語を習ったり(笑)
知人の紹介で中国人留学生と友達になり、彼らのバイト先に迎えにいって(ストーカー?いやいや)
ファミレスで3、4時間話し込んだり。(でもほとんど日本語でしたが・・・)

1年間そういう勉強・・・というか交流をしていたのですが、すごく楽しかったですね。

その翌年、ご縁があって愛知万博の仕事に行くことになり中国語から離れてしまったのですが
自分の中では、よし!この期間に費用をためて、留学に行くぞ。と思っていました。

でも結局、決心がつかないまま時は流れ・・・だったらまず2週間でもいいから
中国の大地に降り立って見よう!と短期留学を決めたのでした。